とろけるなす。

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暑くなってきた。じめじめとした、日本特有の夏がやってきた。

東京から中央道をひた走り、2時間半くらいだろうか、一宮御坂インター付近から見る景色は、まさに「the 盆地」を強く認識させる場所。山梨県、甲府。その寒暖の差と、旧来、川であった扇状地を利用したくだもの栽培が盛んで、桃ぶどうなど言わずと知れた、くだもの王国だ。その一方、野菜の知名度は低いのだが、実力はピカイチ。比較的コンパクトな畑で、多くの篤農家※が存在する。

特に、なすは、知る人ぞ知る甲府の特産。「寒暖の差」と前述したが、甲府盆地は、他の山間地域で夜がひんやりとするのに対して、気温が下がらず、蒸し暑く、寝苦しい。実は、この気候が、なすには好適。なすは、日本と同じく高温多湿のインドが原産で、気温が高いうちに、ひゅっと短時間で大きくなるため、皮のやわらかいなすに仕上がるのだ。

nasu seichou no ato.jpg ヘタと果肉の間の白い部分=夜明けからしばらくの間に伸びた部分。この、色の着かない部分が大きいほど、やわらかいなすが出来るという。

そんな山梨のなす農家 石原さんに話を聞く。

「何しろね、甲府の気候がなすに合ってるということ。それとお父さんがね、しっかり土を作ってくれたから。それをおばさんと息子夫婦と娘で守ってるの。」

もともと、養豚農家だったという石原家。豚糞に、藁をすきこみ、暑い日もひっくり返し、雨の日もひっくり返し、とつくった堆肥を、水田と畑にすきこんで言ったのだという。そのため、周辺の畑にはない、不思議な粘り気を見せる土壌になっている。そんな先代が一昨年に他界。石原さん自身も体を壊し、とうもろこしはやめて、なすも栽培面積を減らすなど、農場の縮小策をとらざるを得なかったという。

「藁もね、白州※ってわかる?北のほうなんだけど。そこまで買いに行ってたみたいね。あンまり私が反対するもんだから、お父さんも途中でやめちゃってね。近隣の方から分けてもらうようになったんだけど。」

石原さんの言葉から尽きることなく発せられる『お父さん』。先代の人となりと石原家におけるその存在の大きさをを窺い知る。

「剪定は、こうして、この枝をこちらに誘引して、この葉をとって、なすをこっちに持って来るの。ここまで手をかけるのは容易じゃない、って周りの人は言うけれど、こうしておくと、なすにきちんと日が当たって良いものができるし、収穫もしやすいし、風が来ても、ほとんどねえ、すれが出ないの。台風の後でも、よそからは『こんなにきれいななすはあの風のあとじゃあり得ないよ。どっかよその県から持ってきたんじゃないの』なんて言われるんだけど、『あ、石原さんのならしょうがないわ』ってなるの。」

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実際に、石原さんの剪定や誘引は、見事だ。きちんと一つ一つのなすに日が当たるようになっており、たわわになったなすを一望することができる。V字に仕立てて、日があたる面積も大きい。葉を適度に取り除き、縦においたパイプにビニールテープを横に這わせ、次々と枝をとめていく。桃やみかんなどの果樹栽培では、よく行われることだが、野菜ではここまで丁寧にする農家さんは希有だ。なかなか手厳しい私の上司も「いやいやここまで丁寧にしておられるとは。分かっていてもなかなかできないんですよ。」とのコメント。

「食べても良いですか?」おもむろに、生のなすをもぎ取り食べさせていただく。アクが無く、ほんのりとした甘みがあって、香りも良い。ダメななすだと、割っただけで果肉が褐色に変化するが(=酸化)、それも無い。

「ちょっと待ってて。お嫁さんに、焼きなすを持ってこさせるから。」と石原さん。しばらくすると電話を受けたお嫁さんが、焼きなすを持ってきてくださり、ごちそうになった。

口にしてみると、「皮が溶ける!おいしい!」皮と果肉の一体感があり、ねっとりとして甘みがある。

「電子レンジで温めてから、少し焼き目をつけてポン酢をかけただけなんです。」とお嫁さん。

「ね、おばさんちのなす、とろけるでしょ!焼きなすを食べてもらうのが一番わかってもらえるのよ。」とうれしそうな石原さん。

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夏が始まり、照りつける太陽。黒のカメラもアツアツになっている。そんな暑さをしばらくの間忘れさせて、食べるのと話を聞くのに夢中になった時間だった。

■なす 山梨県産 1袋 263円(税込) 松屋銀座店、東急たまプラーザ店で販売中。 10月いっぱいまで。

※熱心で、研究心に富んだ農業家のこと(三省堂「大辞林」より)。

※長野県や群馬県の県境にある白根町付近のこと。

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