ピリリと辛いわさびは、水と、森と、霧の中にありました。

wasabimaru.jpg わさび田。

静岡駅から 、安倍川沿いに車を走らせて小一時間。わさび栽培発祥の地、有東木(うとうぎ)に着いた。台風4号が去ってから、ずっと梅雨が残った感じで、どこに行っても曇りがち。「今日は、天気予報では晴れだったんですけどね。山の天気はねえ…。」と、迎えに来てくれた有東木こだわり倶楽部の白鳥さんが言った。続いて、倶楽部に所属する白鳥さんと白鳥さん、宮原さんを紹介してくれた。…このあたりに住む人はほとんどが白鳥さんらしい。

utougi ha  koukaku.jpg 有東木の沢の入り口に立つ看板。

有東木は独特の気候と地形を持つ。静岡駅と周辺と比べると、気温が3~5度違う。標高1000mを超える、通称『山葵(わさび)山』を頂にして、有東木川が流れ落ち、安倍川に注ぐ。もっとも低い場所でも標高300m弱あり、川に沿って、わさび田が並ぶ。霧が沸き立ち、太陽の日も、日陰も好む半陰性のわさびには適した環境なのだ。古来より、この沢にはわさびが自生しており、江戸時代に入って、わさび山に、そのわさびを植え替えたところ、拡大再生産=栽培に成功したことから、有東木は「わさび栽培発祥の地」と呼ばれることになった。ここから、各地の名産地に、その栽培方法が広がっていったのだ。

有東木こだわり倶楽部には、11人の農家さんが所属し、わさびはもちろん、お茶も栽培している。11人のうち、4名が私一人を迎えてくれたので、少し緊張したが、事務室で話していると、次第にほぐれていった。

「恥ずかしながら、チューブのわさびしか食べたことなかったんですが、先日、会長からいただいたものを食べましたら、やはりすごかったです。カーッと香りと辛さが鼻を抜けて、その後、すっと清涼感と甘みが残るんですよね。良いわさびというのはこういうものなんだ、って思いました。」

私が来る1月くらい前に、会長が、こちらに訪れていた。すでに松屋のお店のことも話してくれていたので、スムーズに話が進んだ。

「そうなんだよ。その味が分かってくれて、うれしい。何せ作っている人も、わさびみたいなそういう人ばかりだからね。」商品の話には厳しいが、ふとした瞬間に優しい笑顔が広がる。ぴりりと辛いのに優しいのだ。

わさびの品質のパラメーターとされるのが、辛味、香り、そして粘りだ。有東木のわさびは、他産地に比べてその三つが抜きん出て優れている。高い標高、霧に包まれた環境、そして品種がそのクオリティを生み出す。何百種類とあるわさびの品種から選抜した3~4種類を使ってリレー栽培をする。3~4種類とはっきりしないのは、おそらく、品種としてなかなか固定できないからだ。わさびは、種から育てると2年かかる。苗からだと1年半。ところが、必ず病気にかかっていて、子株に伝染する。そのため、3~4代目の株で大きくならなくなり、経済栽培が不可能になる。だから、絶えず新しい血を入れ、これだ!という品種を、倶楽部では統一して使うようにしているのだそうだ。ちなみに苗から1年半かかるというのは、野菜にしてはかなり長い。

少し勘違いがあった。わさびの保存方法は、濡れた新聞や、水につけて冷蔵庫に置けばよいのかと思っていたが、そうではなく、ラップでぴっちりとしめて空気にふれないようにして冷蔵庫で保管するのが良いそうだ。なんと、一ヶ月は持つ!らしい。「表面が酸化して黒くなるけれど、それは問題ないから。」

tukaihajimete 2shuukan.jpg 使用後2週間経過のわさびをすらせもらった。粘り、香り、辛味ともに、品質に問題はなく、辛みの後に甘みが来る。下の白いのは鮫肌。

今は技術が発達して、一年中収穫できるようになったが、旬は秋なのだとか。てっきり夏がおいしいのかと思っていた。その理由はトマトや他の野菜と同じ。暑い夏はどうしても早く成長してしまい、水っぽくなってしまうのだとか。「わさびが苦労して育つ分、ものも良くなるですよ。」とは倶楽部の代表の白鳥さん。

忙しいのにもかかわらず、その後、わさび山に連れて行っていただいた。標高600mあった事務所から、10分も経たずに1000mまで車で上った。「ここはスイッチバックだな。」カーブがきついため曲がりきれない。曲がり目の踊り場に頭から突っ込んで、そのままバックする。何度か繰り返し、ヴュウポイントだというわさび田に着いた。「まだまだ奥にもあるだけどね。ガス(=霧)がかかって見えんら。」 確かに上方は良く見えない。

IMG_5122.jpg 霧が立ち込めるわさび田。

「さっきもね言ったけれど、俺らは農薬やらんから、こうやって葉が黒くなるんだよね。でもまあ、定植してから3ヶ月の間が一番きつくて、そのときに川虫に、株を傷められると育たないんだよね。」 アブラナ科の植物につきものの、モンシロチョウがあたりをふわふわ飛んでいる。青虫もいる。

「やっぱり水がきれいですね。」「きれいだよ。飲めるよ。」「あ、ホントですか?」思わず手ですくって飲んでみる。「おいしい!冷たいですね!」 「そう、水って言うのはありがたいんだよ。夏は冷房、冬は暖房になるんだ。」

「?」

「上流から流れてくるから、一年中一定の水温が保たれていて、水面から40~50cmまでは、その気温になるんだよねー。」 なるほど。

「永田会長も言ってたけれど、針葉樹林の森の水はダメなんだよね。」

さらに「?」

「ここいらの標高だと針葉樹林が多いんだけど、上のほうは、広葉樹林なんだよね。要は広葉樹林は葉を落とすからそれが天然の堆肥になって水に溶け込むんだ。微量だけど、絶えず流れることによって、わさびは生長していく。だから一切肥料なんてやらんよ。」 ふたたびなるほど。

wasabihontai.jpg 写真中央がわさび本体。大ものだ。「ほんとにねー、こういうものを残してくれたご先祖と先祖代々の土地に感謝だ。」 一通り説明してくれた後、白鳥さんが言った。

「そいでねー、有東木に生まれて、良かった。 有東木でなかったらこのわさびは作れなかったからね。」 そう言って車に乗り込んだ。

siratori norihiro san.jpg 先祖と有東木と仲間に感謝、と代表の白鳥さん。

 

「それとねー、やっぱり、仲間がいて良かった。」 有東木こだわり倶楽部のことだ。「一人じゃこんなにできなかったからね。一緒にやれる仲間がいるからできたんだ。」 遅れて車に乗り込んだ私に、ぽつりと白鳥さんが言った。

なんだか格好良い・・・! 「作っている人もわさびと同じだからね。」 最初に言われた言葉を思い出した。 ぴりりと辛いわさびは、水と、森と、霧と、やっぱり『人』の中から生まれてくるのでした。

■わさび(小もの) 1p(30g程度) 315円(税込)  ◎夏季限定の取り扱い予定。

※立派な100g超の大物も産地ではございますが、使いきりのサイズのみを取り扱っております。

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