資本の減少という作業4

「じゃあ、すみません、ちょっと外出してきます。」
銀座のお店をエプロンをつけたまま出て、丸の内にある東京商工会議所の本所に向かった。
お客様もいらしたので、5分ほど遅れてしまった。

持ち時間は30分だから、内心焦っていたが、受付の方はさほどでもなかった。
問診票ではないが、簡単な聞き取りのシートを提出し、すぐにブースに通された。

六法全書が並べられ、鋭い眼光で、まったくもって愛想のない方が座ってらっしゃった。

―弁護士。

「資本の減少という作業をしてまして、株主総会も済ませ、知れたる債権者に催告書を出さなくてはいけないんですが、その、”知れたる”債権者とはどこまでを指すんでしょうか?」

「全員だよ。」

おいおい、という表情をした私に対して

「御社に請求する権利をもつ取引先全員。資本の減少は意外と面倒くさくてねえ。そういうのがあるんですよね。」

「でも、弊社は600件ほど契約農家がいて、毎月100件以上の方に振り込んでいます。その方全員に催告書をお送りするのは、若干厳しくて…。」
と取りつく島を探す。

「この主旨としては、勝手に減資をしない、取引先さんときちんと話して、円満に進めてくださいという意図がある。減資した後、訴えられたりしないためにね。」

なるほど。

「請求している金額や貸している金額を弁済させる権利があるから、弁済請求をされないようにきちんと話し合いなさい、ということです。」

「では仮に、弁済請求されても、すぐにお支払いできる程度のお取引先であれば、催告書を出さなくても良い?」

「まあ、そういうことだね。」

事前に用意してあった催告書の下書きも見ていただき、修正やアドバイスもいただいた。

この間、弁護士の方が六法を開いたり何かを調べたりすることが全くなかった。やっぱりすごい。
そして、あまりにも迅速に明確に回答をいただいたので、30分の持ち時間も半分で終わってしまった。

すぐにお店にトンボ帰り。

その週のうちに、催告書を数十部用意し、各方面にお送りした。
事前に送り先の方々に連絡し、これこれこういう意図で、農家さんには迷惑をかけないから!というと、農家さんは、わかってくださった。

政府系の銀行である日本政策金融公庫のOさんからは折り返しのお電話をいただいた。
公庫の方は、皆さん頭脳明晰で、その中でも、Oさんは、私よりもずいぶん先輩だと思うのだが、腰が低く、温情派だ。

「先日、催告書の件をご連絡いただきまして、今、手元に届きました。わざわざご連絡いただき有難うございます。
社長、この意図としては、減らした資本を累積債務にあてて、累積債務の額を減らす、と、こういったことでよろしかったでしょうか。」
Oさんはいつも丁寧だ。
そして、なるほど、と思った。

私はついつい節税を先行して考えてしまっていたが、”累積債務”を減らす、という目的も当てはまる。
累積債務があるうちは、どんなに単年で利益を出しても法人税が発生しない。
繰り越し年数が9年以内、と定められてはいるが、弊社にも当てはまる。

少しでも早く累積債務を減らし、法人税収入を得ることが国としての目的なのだ。


さんざん公共の施設を利用しておいて節税をはかっていたので、後ろめたさが付きまとっていた。

でも、これだとWin-Winだ。

そういえば、都税事務所の方も、累積債務に充てることが、都民税を下げる条件、とおっしゃっていたっけ。
いろいろと合点がいった瞬間だった。

「それでは、行内で稟議を通しまして、承認するかしないか、またご連絡いたしますね。」

数日後、再度Oさんから当日出勤していたお店にまで電話をいただき、稟議が通った旨を伺った。
ほっとした。

官報公告に掲載した2月1日から1か月。つまり3月2日に、いよいよ効力が発生し、登記のために板橋の法務局に足を運んだ。
3万円の収入印紙を、登記手数料として購入し、ぎりぎり17時に提出が終わった。

「何か不備があれば、3月10日までに連絡します。」と係の方。

そうして、その日までに連絡が来ることは無かった。

昨年来、心にあった「資本の減少=減資」がようやく完結した。

この間、たくさんの方にご助言いただき、助けていただいた。この場を借りて心から感謝したい。

そして今一人。
幾度となく出資に応じてくださった阿出川さん。亡くなってもうすぐ3年になる。
社長就任の前に一度だけ会いにいった。
7つの企業を立ち上げたという経歴からは想像もつかないほど温厚で丁寧な方だった。

「大丈夫、あなたなら成功する。」と言われて久しい。

今の私を見て、阿出川さんは何と言ってくださるかな。

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