照喜治さんと私14。
中央に私、左に照喜治さんが座っている。 |
照喜治さんが管理していた1ヘクタールの畑に、松屋さんが募集した親御さんとお子さんを招いて、野菜のことを知りましょう、という企画だった。
松屋の課長さんやバイヤーが、旅行会社や保険会社とすべての段取りをしてくださったとはいえ、受け入れるりょくけん側も、それなりの準備が必要で、クイズや、照度計、糖度計など、普段見慣れない機器類を用意して楽しんでもらったり、実際に畑で食べてもらったり、社内では30名程度の方々に、当時のりょくけん松屋銀座店の厨房長も呼んでお昼もふるまうなどした。
招待したお子さんたちに解説する次郎さん |
畑で、私がお子さんや親御さんたちに、トマトの解説をしていた時の事。
「トマトは花が咲いた後、果実がなって細胞の数が決まります。そこから、水を与えるのか、肥料を与えるのかで、大きくなります。りょくけんでは水や肥料をあまり与えないので、小さくなりますし、同じ数の細胞がぎっしり詰まっているので、味も濃くなるんです。」
「!」
ちょうどその場に居合わせた照喜治さんの耳に私の解説が入ったのか、一瞬はっとした顔でこちらを向いた。
「?」
何か間違えたかな?と思うと、
「その通りです。」
とちょっと感心されたような様子で、すこし嬉しかった。
「ところで、大森さん、あの木の花は何かわかりますか。」
「―ダリアです!」
以前、コーヒーの花だと嘘を教えられ、私が信じてしまったのを、またいじられてしまった。
照喜治さんから言われた言葉はいくつもあるが、その中で最も印象に残っていて、戒めとしている言葉がある。
「りょくけんはつぶれます。」
会ったばかりの頃に言われたので、いささか不満だったし、衝撃だった。
照喜治さんは、方々外回りをして、地方の有力な農家さんを見てきたし、アドバイスも送ってきた。
「どんどん地方の農家が力をつけてます。やがて農家が直接、農作物を消費者に売るようになります。」
(株)りょくけんのような、自分では作らず農家が作ったものを、消費者に販売する仲介業者は、この先、不要になるという示唆だった。
ちょうど、20年くらい前、商社不要論があった。
商品や技術、ノウハウを、右から左に動かし、そのマージンで稼ぐ業態である「商社」は、メーカーがその機能を内包していくことで、やがて不要になる、と叫ばれた。
ある程度、これは真実で、中堅どころの商社は倒産したところもあったし、合併することで乗り切ったところもある。
ただ、三大商社である、三井物産、三菱商事、住友商事は、今もなお健在。
私も社会に飛び出て分かったが、「どこに何がある」とか「どこの何が強い」といった情報は意外に公開されておらず、把握しづらい。
また、社内にそういった部署をつくることができる大企業ならいざ知らず、中小企業では非常に難しい。
農家さんから直接、消費者に届く。
これは、未来永劫、理想だと思う。
事実、一部の農家さんは、エンドユーザーたる消費者の方に直接届けている。
だが、一人の農家ですべての青果物を一年中、直接供給することは不可能に近い。
結局のところ、優秀な農家さんほど、作る事に傾倒して、販売作業までたどり着かない。
あるいはやってみたけれど、顧客開発、梱包作業、発送作業、集金作業、クレーム対応、そのすべてが大変だいうことが段々と分かってくる。
りょくけんを空洞化して、すべての農作物を直接、お客様に届ければ良い、と提案する人もいたが、それこそ、りょくけんの価値がなくなっていく。
今現在、どこの場所で、誰が作ったものであれば、美味しくて、信頼がおけるのか。
長い年月で築き上げた、このネットワークと経験値や、ジャッジできる能力こそ、重要なのだ。
かつ、顧客情報とか顧客開発。
りょくけん通販は30年以上の歴史があり、りょくけん松屋銀座店も12年間継続できた。
いわば、美味しいものを求めるお客様から常に支持を受け、獲得してきたのである。
農家さんからも、消費者の方からも、価値ある企業として存在できれば、りょくけんは継続できる。
照喜治さんの端的な言葉は、それを忘れないようにしなさい、それを忘れてしまえば、そうなってしまいますよ、という意味だったと、私は理解している。
◎照喜治さん。そこから見ていてくださいね。
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