元旦から450キロ!

元旦の日に自家用のヘリコプターに乗せてくださるとお誘いを受け、図々しくも、息子3人を連れて、千葉県の匝瑳(そうさ)というところまで来た。

自宅からは77kmはなれており、車であっても、高速道路を使って、1時間15分ほどの道程だった。

搭乗時間は15分ほど。
ふわりと軽く浮き上がり、とてもスムーズに前方に動き出す。

九十九里の海岸線を上空から見下ろし、いくつもの波の白い線がとてもきれいだった。
「あれが銚子岬です。」

千葉県の東端。

「おお~」と一同驚嘆しながら見させていただいた。

田んぼや畑のパッチワークもすごくきれい。

ご用意いただいたもつ鍋もお汁粉も、とてもおいしくて、正月早々、すごいおもてなしを受けてしまった。

そこから、今度は西に向かって車で、山梨に向かった。
休憩や給油を挟み、15時に、私の父の実家がある、市川三郷というところに着いた。
叔父が一人で住んでおり、私の両親が年末から行っているはずで、孫の顔を見せようと元旦は毎年なんだかんだと訪ねるようにしている。

「キャッチがやりたい」と車の中からずっと長男がグローブを持ちながら言っていたので、日があるうちに着けて良かった。

キャッチとは、キャッチボールのこと。
学童か、長男の小学校の仲間内ではそのように呼んでいるのだろう。
私にとっては、息子との初めてのキャッチボール。
と思っていたら、いとこも遊びに来ていて、その子供たち、つまり息子たちにとっては、はとこも来ていた。
小学校3年生までの、男児8名が集合し、キャッチボールはいつの間にかドッヂボールに、そして、サッカーになった。

田舎に行くと、男児は歓迎されるので、預けて、睡眠でもとろうと思っていた目論見は完全にはずれ、むしろ、大人たちは「寒い」といって一人また一人と居なくなっていった。

日が沈んで、しばらくするまで、ずっと遊び続けた。

夜はおせちもお雑煮もお汁粉も堪能。
挙句、かにまでご馳走になってしまった。
かには、長男の大好物である。
喜んで食べていた。

だが、明日は、松屋銀座店の初売り。
21時前には、再び車に乗り込み、自宅に向かった。

長男だけ泊まっていけ、と叔父と父はすすめたが、最終的に、ひとりで電車に乗せて返すのは、名古屋駅で置いてきぼりになったことを思い出して、不憫だからと、やはり私が連れて帰ることになった。

夜23時。
無事に、自宅に着いた。
◎無事故無違反。
息子3人を連れて無事に帰ってくると、やっぱりほっとする。

早朝5時から仕事をしていた妻は、すでに帰宅して寝ていたようだったが、起きて笑顔で出迎えてくれた。

「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。今年も宜しく。」

匝瑳まで77km。
山梨まで220km。
山梨から自宅まで158km。

元旦から450km超、走破!


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