照喜治さんのお気に入り。


 中村さんのお屋敷を出て、すぐ前の道を降りていくと、急に視野が広がり、目の前に絶景が広がる。


その、棚田の風景の見事さと言ったら。


しばらく黙って立ち尽くした。


大小合わせて20くらいの、流線型の棚田がびっしりと細胞のように連なっている。


先に私と山本さんが田んぼに着き、後から、スーパーカブに乗って中村さんもいらした。


「照喜治さんがお気に入りの場所だったはずです。すごい。」と、ただただ感嘆の言葉を中村さんに贈った。

「この向きが南西向きですよね。日を遮るものがなく、あの山の裾に夕陽が沈むまで、ずっと日が当たる。」

「そう。それに、見えないけれど、この方向に海があって、潮風も入ってくる。」と山本さん。


標高が高いから、寒暖の差もある。

山頂部に近く、民家がこれより上にはないから、生活排水も入らない。


そりゃあ、照喜治さんが気に入るはずだ、と再度、心の中で思った。


棚田中を駆け回りたい。。。


そんな衝動を何とか抑えながら、歩いた。


田んぼの水の中にはいくつもの、獣らしい足跡が見える。

イノシシだそうな。


あぜ道には、これでもか!とふきのとうが生っていた。

栗の殻がたくさん落ちていると思うと、紫色の可愛らしい花も咲いている。

カタクリだ…。


水や空気がきれいでないと咲かない花。


「もう少しすると、あの北向きの残っている雪が解けて、嫌っていうほどこごみが生える。動かずにこんだけ取れる。」と山本さん。


胡麻和えか、アーリオとかにして、惣菜で販売できないかな。


「良いよ~パックしなくて良いんだったら、いくらでも送るよ。一回やってみたら良い。」


山ウドも、わらびも、ぜんまいも嫌ってほどとれるらしい。


「コシアブラは?」

「コシアブラはねえ、木が高くなるから、取りづらいんだよね。中村さんの山の中にもコシアブラの木はあるんだけれども。」


個人的に、コシアブラが山菜の中では一番好きである。


「ねえ、中村さん、コシアブラはとってる?」

「いや、木がもう高くて、取ってない。」


お米はあれだけれど、山の恵みのものをたくさん聞けて、見られて、嬉しかった。


「ずいぶん、日が長くなったね。」と少し残念がる山本さん。


夕日の棚田を私に見せたかったのだと思う。

代わりに、フキノトウをいっぱいとらせていただいた。


どこか充足した気持ちを持ちながら、大目的は果たせず、微妙な気持ちを持ちながら、中村さんと山本さんと別れ、越後湯沢駅へ再び向かった。


「夜桜の名所で、高田城があって、そりゃあ見た方が良いよ。」

「ん???高田城???陸前高田?」

「いやいや、越後高田ですよ。」

「ん?最後の藩主は榊原ですよね?」

「そうそう。」

「母が榊原姓でして。」


ご先祖のお城と聞いて、行きたかったけれど、帰りの山道。

凍ったりすると危ないし、何があるか分からないので、おとなしく帰ることにした。


18時頃に吉川を発ち、越後湯沢駅に19時半に着いた。

レンタカーを返却し、さあ、あの駅構内の美味しそうなところで、夕ご飯をとろうとワクワクしながら歩を進めた。


構内に入ると、あふれるほどのお土産屋さんのすべてに布が被せてあり、売り子さんは一人もいないのに気付いた。

食べ物屋さんも、お客様はまだいるものの、ことごとく、19時半閉店だった。


よほど、普段の行いが悪かったようだ。

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