天空の、畑。

深い緑に恵まれた山々を背景に、比較的緩やかな斜面を平らに切り出した、文字通りの段々畑と棚田。

まさに、”天空の畑”。

「ここで標高はどのくらいですか?」
「ここで、そうだね、700mくらいかな。だから、昼間は暑いけれど、夜はお陰様で涼しい。」

南信州は、長野県で最も暑い場所。
天龍村は、桜が一番最初に咲く場所で、「長野で最も早く春を告げる村」と呼ばれるそうな。
それでいて、標高が高いので、昼と夜の寒暖差が激しい。

美味しい作物を育てるのに昼夜の気温差は欠かせない。
昼の間に光合成された栄養を、夜が涼しければ消費せずに済むからだ。
人間と一緒で、夜の気温が高いままだと、きちんと眠られず、栄養を消費し続けてしまう。

そして、完全な北向きの斜面。

要は、夏は、太陽が一番照らしてくれる。
山から日が昇り、山に沈む。

大杉さん曰く「逆に冬はあっちの山の少し上を、本当に数時間顔を出すだけだけどね。」

「いやあ~すごいきれいですね~」
八頭

「まだ八頭は出来上がっていないけどね。上の葉っぱは、よくできているほうだと思うよ。」

一見、さといもの葉と何ら変わらない。
少し大きいような気もするが、さといもも、収穫直前は、とても大きな葉になる。

二人で畑のへりに立ち、しばらくお話しした。

「明治の時に、坂部とここらの村が合併して、神原村になって。そのあと平岡と一緒になって今の天龍村になった。でも八頭は、すぐその先の村では本当に食べない。この坂部の周辺だけなんだ。」
「さっき行った、新野の方は、八頭のことをご存じなかったです。」
「そうだろ?こんなに楽な作物はないんだが。」
「?。楽なんですか?」
「楽だよ~。肥料も農薬も何も要らない。肥料は絶対やっちゃいけない。こんな大きなやつになってしまうけれど、ふわっとしてて特有の緻密さや粘りが出ない。」
「へえ~」
「そうだな、少しむつかしいとすれば、畝の間に草を生やさないように、こうやって覆うのと、芽の分化をした時の葉かきの具合かな。」
「芽をかきすぎると、ああいう八つの頭というか、境目ができないんだ。どこだったかなあ、関東のどこかで、逆にそういうのを作っているところもあるでしょう?」
「あ、あります。埼玉ですね。丸芋、って呼んでます。一つ頭っていうか。」
「そうそう、そんなやつ。」

坂部は、本来は林業で食べてきた村だそうな。
そういえば、大杉さんという氏姓。
由緒正しき林業の家系なのだろう。

「ここらへんは、木の生長が良くてね。昔はよかったんだけど。今でもほしい人はいるけれど、何千万の機械を入れてまでやるようなことではなくなってしまった。」

杉やヒノキが本当に豊かに生えている。
でも、やっぱりここから切り出して需要のあるところまで運ぶのは、本当に、大変そうだ。

「ま、まだできちゃいんから、この後どうなるかわからないけれど、あれば出荷するから。」

人っ子一人いない、静かな天空の畑で、良いものを見させてもらった。

年末が楽しみである。

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